手術室看護師が病棟に出て8か月で辞めた話|「オペ室から出なきゃ」と焦っていた私

ブログタイトル「オペ室から出なきゃ」 │と焦っていた私 │手術室10年 → 病棟8か月 手術室の扉から外を見ているきびだん。 手術室看護師の働き方

手術室で、10年ほど働きました。

その10年間で、患者さんから「ありがとう」と言われたことは、数えるほどしかありません。

全身麻酔なら、患者さんは眠ってしまいます。目を覚ますころには、もう病棟へ戻っている。

麻酔で眠る瞬間まで私が手を握っていたことも、体位をとるときに皮膚を傷つけないように支えたことも、器械出しとして何時間も手術に立ち会ったことも、たぶん患者さんの記憶には残っていません。

それでいいと思っていました。

手術が無事に終わって、患者さんが元気に退院できれば、それでいい。そう思って働いていました。

でも、ときどき思うのです。

私は、看護師として何かをしているんだろうか。

新人のころに働いた急性期病院で4年。その後、都内の大学病院へ移り、手術室で合わせて10年ほど。

その小さな疑問は、ずっと心のどこかに残っていました。

🍡 新人のころ、同期との差を「数字」で突きつけられました

新人のころ、同期との違いを強く感じたのは、夜勤でした。

病棟に配属された同期たちは、5月ごろから夜勤に入り始めます。

「夜勤ができるようになって、一人前」

そんな空気もありました。

そして、夜勤には夜勤手当があります。月に何度か夜勤に入れば、給与にも差が出ます。

一方、手術室の新人は、まず器械の名前を覚えるところから始まります。

器械出しを覚え、外回りを覚え、一つひとつできることを増やしていく。病棟の同期が夜勤に入り始めるころ、私はまだ手術室の中で覚えることがたくさんありました。

もちろん、手術室にも段階的な成長があります。でも、病棟の同期と比べると、その成長が見えにくかった。

新人研修で病棟の同期と顔を合わせるたびに、思っていました。

「私は、みんなより歩みが遅いんじゃないか」

その後、手術室でも当直やオンコールがあり、少しずつ勤務の幅は広がっていきました。

手当についても、病院によっては「特殊勤務手当」や「危険手当」といった形で、手術室の勤務に手当がつくことがあります。

ただ、当直は少し事情が違いました。

当直は病院に拘束されますが、緊急手術が入らなければ眠れる時間もあります。ずっと働き続けているわけではありません。

その分、支給される額も夜勤手当ほどではありませんでした。まったく出ないわけではありません。

ただ、毎月きちんと積み上がっていく夜勤手当は、やっぱり憧れでした。

給与という「数字」を見るたびに、こう思っていました。

私は、まだ一人前になれていないのかな。

今思えば、夜勤があるかどうかも、手当のつき方も、部署の仕組みが違うというだけの話です。私が一人前かどうかとは、何の関係もありませんでした。

誰かに「劣っている」と言われたわけでもありません。

それでも私は、勝手に自分と同期を比べて、劣等感を育てていました。

🍡 「採血できなきゃ、他で働けないよ」

もう一つ、心に残っている言葉があります。

「土日休みだから、合コンに行きやすいんじゃない? うらやましい」

「オペ室だと採血しないもんね。採血できなきゃ、他で働けないよ」

悪気があって言ったわけではないと思います。でも、こういう言葉は少しずつ積み重なっていきました。

「自分は、看護師として何かが足りないんじゃないか」

そんな感覚につながっていったのだと思います。

ただ、今振り返ると、「オペ室だから採血ができない」という単純な話ではありませんでした。

新人として働いていた最初の病院では、局所麻酔の手術も多く、看護師が点滴を確保することもありました。そこで採血や静脈路確保を覚えました。

その後に働いた大学病院では、病棟でも採血は医師が行うことが多く、看護師が採血をする機会はほとんどありませんでした。

つまり、採血をするかどうかは、手術室か病棟かだけで決まるものではありません。病院や部署によって違います。

当時の私は、それを知りませんでした。

だからこそ「手術室しか経験していない私は、他では通用しない」という思い込みが、少しずつ強くなっていったのだと思います。

🍡 なぜ「自分は少数派だ」と感じるのか

そもそも、世間一般でイメージされる「看護師」は、病棟看護師の姿が多いのではないでしょうか。

患者さんのそばにいて、話を聞く。身の回りのお世話をする。体調の変化を観察する。ご家族と関わる。

そういう看護師の姿です。もちろん、それも看護師の仕事です。

でも、手術室看護は少し違います。

  • 患者さんと話す時間は短い
  • 意識のある患者さんと関わる時間も限られている
  • 看護記録に書く内容も、病棟とは違う

「看護師5年目」と言っても、その5年間で経験してきたことは、部署によって大きく違います。

同じ看護師なのに、共通して話せることが少ない。

「私は看護師の本流から外れているんじゃないか」

今思えば、これは能力の問題ではなかったのだと思います。

少数派の場所に長くいることで生まれる、構造的な孤立感。私はそれを、自分の「足りなさ」だと思っていました。

🍡 「一度、出ておかないと」という焦りから病棟へ

手術室しか経験がない。そのことが、だんだん怖くなっていきました。

一度は手術室を出ておかないと、この先ずっと手術室でしか働けない看護師になってしまう。

10年、15年と手術室にいたら、もう他では働けないんじゃないか。

そんな焦りがありました。

そして、「病棟くらい、できるだろう」と思ったのです。同じ看護師なのだから、と。

そうして私は手術室を辞め、病棟へ移りました。

結果として、8か月で辞めました。

🍡 病棟で、私がつまずいた3つのこと

① 仕事のON・OFFの切り替えができない

手術室では、私の中で仕事のONとOFFが比較的はっきりしていました。

9時に入室して、手術が始まる。そこからは、ずっと集中。器械出しなら、手術が終わるまで一つのことに集中します。

トイレに行く、水を飲む、お昼を食べる。そんなことも、なかなかできない環境でした。それが当たり前になっていました。

ところが病棟では。

記録をする。患者さんのところへ行く。また記録をする。ナースコールが鳴る。別の患者さんのところへ行く。戻ってきて、また記録をする。

仕事をしているような、していないような。

「今、私は何をしているんだろう」

そんな感覚になることがありました。

手術室では「手術を終わらせる」という明確な区切りがありました。病棟では、一つの仕事が終わる前に次の仕事が始まる。

その違いに、私はなかなか慣れることができませんでした。

② 複数の患者さんを同時に受け持てない

私は、一人の患者さんに集中することは得意でした。

手術室では、一人の患者さんに対して、長時間集中します。もちろん、医師や麻酔科医、器械出し、外回りなど、いろいろな人の声が飛び交います。

でも、自分の役割の中で優先順位をつけ、必要なことを順番に処理していくことができました。

ところが病棟では、そうはいきません。

一人の患者さんのところへ行ったら、別の患者さんからナースコール。戻ってきたら、医師から声をかけられる。その途中でご家族から話しかけられる。記録をしていたら、また呼ばれる。

「中断されること」が前提の仕事でした。

私は、その働き方が苦手でした。

一つのことに集中する力はあっても、複数のことを同時に抱えながら、何度も切り替えていく力は、十分ではなかった。

それは、実際に病棟へ行ってみて初めて分かったことでした。

③ 意識のある患者さんと、ご家族との関わり

そして、もう一つ。意識のある患者さんや、ご家族との関わりです。

手術室では、患者さんには「手術を受ける」という明確な目的があります。手術が終われば、「手術してくれてありがとうございました」と言ってもらえることもあります。

一方、病棟には、いろいろな患者さんがいます。

自分から望んで入院したわけではない人。認知機能が低下している人。治療そのものを受け入れられない人。初めての入院で、不安や怒りを抱えている人。

私は、そういう反応に慣れていませんでした。

「拒否されること」に慣れていなかったのです。

さらに、その病院では、それまで働いてきた環境とは違う患者層や文化がありました。病室でご家族同士が言い争っていたり、電話で厳しい言葉を受けたりすることもありました。

そのとき、私は思いました。

私は、世間知らずだったんだな。

手術室という、ある意味で閉じた環境の中で、私は長く働いてきました。その世界では身につかなかったことが、病棟にはたくさんありました。

🍡 ひとつだけ、後悔していることがあります

もし、もう一度やり直せるなら。

私は、病院と部署を同時に変えなかったと思います。

私がしたのは、大学病院から中規模病院へ。そして、手術室から病棟へ。

つまり、「働く場所」と「仕事内容」を同時に変えることでした。

もし大学病院の中で、手術室から病棟へ異動していたら。

電子カルテの使い方も知っている。物品の場所も分かる。院内のルールも知っている。書類の書き方も分かる。知っている人もいる。

その状態なら、変わるのは「部署」だけです。

でも私は、病棟では新人。新しい病院でも新人。なのに、周囲からは「経験のある看護師」として見られる。

今考えると、かなり難しい状況でした。

だから、もし今、「手術室から病棟へ行こうかな」「手術室しか経験がないから、病棟も経験しておいたほうがいいかな」と考えている人がいたら。

もし可能なら、まずは院内異動という選択肢も考えてみてほしいと思います。

転職が悪いわけではありません。ただ、一度に変えるものを、できるだけ減らす。

これは、私自身がやってみて感じたことです。

環境も、仕事内容も、人間関係も、全部変えてしまうと、「何が自分に合わなかったのか」が分かりにくくなります。

🍡 病棟看護だけが、看護のすべてではありません

病棟でうまく働けなかったとき、私は「私は看護師として能力がないんだ」と思いました。

でも、今は少し違う見方をしています。

病棟看護と手術室看護は、同じ看護師の仕事ですが、求められる力がかなり違います。

病棟で求められる力が、私には足りなかった。それは事実です。

でも、それは「看護師として何もできない」という意味ではありませんでした。

手術室では、こういう力を使っていました。

  • 長時間、集中し続ける力
  • 言葉になる前に、次に必要なことを予測する力
  • 予想外のことが起きても、その場で判断して動く力
  • チームの中で、自分の役割を正確に果たす力
  • 清潔・不潔を厳密に判断する力

これらは、病棟では目立ちにくい力です。

だから、病棟に行った私は「何もできない看護師」のように感じてしまった。

でも、実際には違いました。

持っていた力が、場所を変えたことで見えなくなっただけだったのです。

🍡 手術室で身についた3つの力

では、手術室で10年働いたことで、私は何を身につけたのでしょうか。

今振り返ると、大きく3つあります。

① 言われる前に、次が分かる

手術室では、器械を渡すだけではありません。

術野を見て、「次はこれが必要になる」と予測します。術者の手の動きや、手術の進み具合を見ながら、次の器械を準備する。

いわゆる「阿吽の呼吸」です。

これは、単に器械の名前を覚えたという話ではありません。相手が何を見ていて、次に何を必要とするのかを読む力です。

この力は、今でも私の中に残っています。

② マニュアルがなくても、動ける

手術では、予定どおりにいかないことがあります。

必要な器械がすぐに使えない。出血で術野が見えにくくなる。突然、予定していた方法とは違う対応が必要になる。

そんなとき、「マニュアルには書いてありません」とは言っていられません。

どんなに怖くても、器械出しを降りる、部屋から出る、という選択肢は基本的にありません。

「ここから、どうするか」を考えるしかない。

慌てている暇がないので、だんだん慌てなくなります。

もちろん怖いです。でも、予想外のことが起きても、その場で考えて動く。これは、手術室で鍛えられた力だと思います。

③ 場の状況を見て、自分の役割を調整する

手術室では、何時間も同じメンバーと一つの部屋で働きます。

相性の合わない人と一緒になることもあります。医師同士の空気が悪くなることもある。

そんなとき、「自分は何をすれば、この場が少しでもスムーズになるだろう」と考えるようになりました。

誰か一人に合わせるのではなく、その場にいる人を見て、自分の立ち位置を変える。必要なところに入る。少し引く。声をかける。ときには、場の雰囲気を変える。

これは、誰かに教えてもらったというより、10年の中で自分なりに身につけていったものです。

ただし、今振り返ると、こうも思います。

「場を整えること」と「自分が我慢して場を保つこと」は、違う。

当時は、その区別がついていませんでした。

それでも、周囲を見ながら自分の役割を調整する力は、確かに身についたものの一つでした。

🍡 この3つの力は、今も使っています

  • 言われる前に、次が分かる
  • 予想外のことが起きても、その場で考えて動く
  • 場の状況を見て、自分の役割を調整する

これらは、手術室だけで使える力ではありません。

その後、私は児童発達支援の仕事を経験しました。そして、キャリアコンサルタントとして人の相談に関わるようになりました。

相談に来る方は、最初から自分の悩みを整理して話せるわけではありません。

言葉になっていない思いを読み取る。焦らず話を聴く。その人が話しやすいように場を整える。必要なときには問いかける。そして、最後に決めるのは本人。

形は違っても、やっていることはどこか似ています。

相手が力を出せるように、場を整える。

手術室で身につけたものが、こんなところでつながるとは、当時は思ってもいませんでした。

🍡 「オペ室しか経験がない」は、「何も経験していない」ではない

私は、病棟へ行って8か月で辞めました。

だから、「病棟看護師としては、うまくいかなかった」。これは事実です。

でも、今はそれを「私は看護師としてダメだった」とは考えていません。

むしろ、病棟へ行ったからこそ、私は手術室の仕事が好きだったんだと分かりました。

手術室では、患者さんから「ありがとう」と言われることは、ほとんどありませんでした。

それでも私は、そこで10年働きました。

その10年の中で、集中する力を身につけた。予測する力を身につけた。予想外のことに対応する力を身につけた。人と人との間に立ち、場を整える力を身につけた。

それらは、病棟では見えにくかっただけでした。

あのころの私は、「看護師として何かをしているんだろうか」と思っていました。

していました。ただ、見えにくい場所にいただけでした。

だから、もし今、

「手術室しか経験がない」
「病棟経験がない」
「自分には看護師としての経験が足りない」

と思っている人がいたら。

一度、立ち止まって考えてみてほしいのです。

あなたが「経験していない」と思っているものの裏側に、あなたにしか身についていない力がないでしょうか。

「オペ室しか経験がない」ことは、「何も経験していない」ことではありません。

ただ、自分が持っているものに、まだ名前をつけられていないだけなのかもしれません。

私は、病棟へ行って、うまくできませんでした。でも、行ったからこそ分かったことがあります。

「出なきゃ」と思っていた場所が、実は、自分が積み重ねてきた場所だった。

あの10年で身につけたものは、今も私の中で働いています。

そしてきっと、あなたの中にも。まだ自分では気づいていない「ひと粒」があるのだと思います。

きび団子職人

※この記事は、私自身の経験をもとに書いています。10年以上前の経験も含まれているため、現在の医療現場や各施設の業務内容・教育体制などとは異なる場合があります。

タイトルとURLをコピーしました