診察室で、医師と患者さんが向き合うとき。
私はいつも、患者さんの少し後ろに立っていました。
日勤のみの個人クリニックで、看護師として働いていたころの話です。
※当時の話です。
🍡 診察室では、言いたいことの半分も言えない
これは、私自身が患者になったときにも感じることです。
あれも聞きたい。これも伝えたい。
そう思って病院に行っても、いざ医師の前に座ると、緊張してうまく話せない。
診察では、医師が診断に必要なことを中心に聞いていきます。気づけば、会話の流れに乗ったまま、聞きたかったことを聞きそびれてしまう。
そして、なんとなく、もやもやしたまま帰ることになります。
私が働いていたクリニックでも、診察が終わってお会計を待つ間に、受付のスタッフや看護師が質問を受けることが、よくありました。
その中には、医師から説明する必要のある内容も含まれています。もう一度診察室にご案内することになり、さらに待っていただくこともありました。
患者さんは、診察室を出るまでに、聞きたいことを聞けていたのだろうか。
そんな疑問を感じることがありました。
🍡 私の立ち位置は、患者さんの後ろでした
診察中、私は患者さんの後ろに立つようにしていました。
患者さんの側にいる人、味方でいる人。
そんな立ち位置でいたかったからです。
少し引いたところから二人のやり取りを見ていると、会話がかみ合っていないことに気づく場面がありました。
医師は、医学的な情報をもとに診断や治療について話します。
一方で、患者さんが心配しているのは、もっと暮らしに近いことだったりします。
- この先の生活はどうなるのか
- 家族にどう伝えたらいいのか
- 本当はこうしたいけれど、わがままだと思われないだろうか
そうした心配があっても、うまく言葉にできなかったり、医師に遠慮して聞きたいことを飲み込んでしまったりする方がいました。
医師の説明が難しく、患者さんに十分伝わっていないように見えることもあります。
「この方には、もう少しかみ砕いて伝えたほうがよさそうだな」
「本当に心配しているのは、別のことなのではないかな」
そう感じたとき、二人のあいだで「翻訳」する人が必要だと思いました。
🍡「あなたが止めなきゃダメよ」
はじめのうちは、医師と患者さんの会話に入ることは、邪魔をすることだと思っていました。
考えが変わったのは、ある日のことです。
とても長くお話しされる方が来院され、診察が30分近く続きました。その後の診療にも大きく影響し、医師も困っているように見えました。
私は、間に入ろうかどうか、迷うばかりでした。
診察が終わったあと、医師に言われました。
「あなたが止めなきゃダメよ」
少し叱られたように感じました。
でも、そのとき、自分に求められている役割がわかった気がしたのです。
患者さんが大事なことを医師とじっくり話せるように、診察の場を整えること。
それも、看護師である私の仕事だったのだと。
それからは、必要に応じて積極的に間に入るようになりました。
🍡 問診で、気持ちをいったん受け取る
そのクリニックは眼科でした。
問診では、まず次のことを確認していました。
- どちらの目か(右・左・両目)
- いつから症状があるのか
- どのような症状なのか
順番に聞いていくと、症状が始まってから今までの経過が見えてきます。最後に、聞き取った内容をまとめ、認識にずれがないか患者さんに確認していました。
ただ、患者さんが話してくださるのは、症状のことだけではありません。
どれだけつらかったのか。どんな不安を抱えて、ここまで来たのか。
つらさや不安が大きい方ほど、そこに至るまでの経緯を、たくさん話してくださることがありました。
医療側から見ると、診断に直接関係しないように思える話もあります。それでも、患者さんにとっては、念のため伝えておきたい大切なことです。
不安だからこそ、あれもこれも伝えておきたい。でも、気持ちがいっぱいになると、何を一番伝えたいのか、自分でも整理できなくなることがあります。
だから私は、まず話を聴き、気持ちを受け止めることを大切にしていました。
「それは、おつらかったですね」
「不安な気持ちでいらしたんですね」
そう声をかけると、ふっと表情がゆるむ方がいました。
少し安心してもらえたのかな。そう感じる瞬間でした。
そのうえで、一緒に話を整理していきます。
何がいちばん心配なのか。どうしたいのか。日常生活で何に困っているのか。
患者さんが医師に伝えたいことを、少しずつ形にしていきました。
🍡 診察では、そっと背中を押す
問診で聞き取った、診断に必要な情報は、あらかじめ医師に伝えておきます。
そして診察の場で、患者さんが言いそびれていることがあれば、そっと声をかけました。
「旅行に行くので、お薬を多めに出してほしいんですよね?」
「この症状で学校に行っていいか、先生に聞きたいんですよね?」
患者さんが気になっていることを確かめ、医師に伝えられるようにする。
診断や治療に関わる説明は、医師から直接してもらう必要があります。私が代わりに答えるのではなく、患者さんが聞きたいことを聞き、必要な説明を受けられるようにすることが、私の役目でした。
翻訳したり、背中を押したり。
患者さんと医師をつなぐ、橋渡しのような役割です。
そうした関わりを続けるうちに、お会計の際に出てくる追加の質問は、目に見えて減りました。
もちろん、それだけが理由だったとは言い切れません。
ただ、私が当時大切にしていたのは、効率を上げること以上に、患者さんが気になっていることを話し、納得して診察を終えられることだったと思います。
🍡 本音を受け止める窓口になる
医師には言いにくくても、看護師には言いやすい。
そういうことは、たくさんありました。
ときには、強い言葉で不満をぶつけられることもあります。正直、理不尽だと感じることもありました。
それでも、医師には言えないことを話せる相手がいることには、意味があると思っていました。
不満を口にできないまま、本当に大事なことまであきらめてしまう。
それでは、患者さん自身も困るはずです。
だから私は、まず頼ってもらえる窓口でいようと心がけていました。
何でもそのまま受け入れるということではありません。患者さんが何に困り、何を伝えたいのかを知り、必要なところにつなぐ。
それも、自分の役割のひとつだと感じていました。
🍡「自分がしてもらいたい対応」を目指していた
当時の私は、「聴く」ことを看護師としての強みだと考えたことはありませんでした。
目指していたのは、自分が患者だったら、してもらいたい対応です。
以前、医療者の何気ない一言に傷ついた経験がありました。
言った側に悪気がなくても、受け取る側の状況や体調によって、言葉の届き方は変わります。だから、自分は同じように人を傷つけないようにしようと思っていました。
ちょうどそのころ、私自身も不妊治療を始めていました。
体や心が不安なときは、いつもなら平気なことにも敏感になり、傷つきやすくなる。そのことを身をもって感じていました。
病院に来る人は、そもそも何かしらの不安を抱えています。
だからこそ、どんな状況の方にもできるだけ不快な思いをさせないように。やさしく、話しかけやすく、聞きたいことを聞ける雰囲気でいることを大切にしていました。
それが、当時の私なりの看護でした。
🍡 あとから知った、「頭の中にスペースをつくる」
ずっとあとになって、キャリアコンサルタントの授業で、講師の方がこんな話をされました。
「相談者さんの頭の中は、モヤモヤでいっぱい。まずそれを吐き出してもらって、頭の中にスペースをつくらないと、こちらが何を言っても入らない」
聞いた瞬間、思いました。
私、これをやっていた。
うれしかったのを覚えています。
あのクリニックでしていたことと、キャリアコンサルタントとして学んでいることが、つながった気がしたのです。
もちろん、いつもうまくできたわけではありません。失敗して怒られたり、むっとされたりすることもありました。
それでも、かすかな手応えをたぐり寄せながら、「こう伝えると話しやすくなるのかもしれない」と工夫を重ねてきました。
そして今は、相手のつらさを「わかる」と言い切ることには、慎重でありたいと思っています。
自分の経験から想像することはできても、その人の気持ちを完全にわかったつもりにはなれません。
だからこそ、わかったと決めつけるのではなく、その人が何を感じ、何を心配し、何を伝えたいのかを知ろうとし続けることが大切なのだと思います。
🍡 当たり前にしている「聴く」は、強みかもしれない
クリニックで働いていたころ、私は看護師としての成長が止まってしまうのではないかと焦っていました。
けれど、あの場所で毎日していたことは、今の私にもつながっています。
不安を抱えた人の話を、まず聴くこと。言葉にならない心配を、一緒に整理すること。必要な相手や場所につなぐこと。
当時は、それを特別な力だとは思っていませんでした。
ただ、患者さんが聞きたいことを聞き、伝えたいことを伝えられるようにしたかった。
振り返ってみると、私が自然にしていた「聴く」ことは、人を支える力でした。
あなたが毎日、何気なくしていることにも、自分ではまだ気づいていない強みがあるかもしれません。
※この記事は、私自身の経験をもとに書いています。特定の職場や個人の話ではありません。
※クリニックで働いていたころのことは、こちらの記事にも書いています。
※気持ちの部分や、看護以外の場面での迷いについては、noteに書いています。
きび団子職人

