手術室には、いつも医師がいました。
執刀医がいて、麻酔科医がいて、同じ部屋の中にいます。
何か気になることがあれば、その場で聞ける。
振り返れば、そこに判断できる人がいる。
当たり前すぎて、それが恵まれた環境だったとは思っていませんでした。
手術室で10年働いたあと、私は病棟へ移りました。
そして、8か月で辞めました。
病棟でつまずいたことは前の記事にも書きましたが、今回はその中でも、私がいちばん怖いと感じていたことについて書きます。
医師がすぐそばにいない場所で働く、ということです。
🍡 医師に電話をかけるまでに、何度も迷いました
病棟では、医師はいつもその場にいるわけではありません。
用があれば、こちらから連絡を取ります。
その電話をかけるまでが、私にはとても遠い距離でした。
まず、相手のご機嫌が分かりません。
手術室では、何時間も同じ部屋にいます。
今日は機嫌がいいのか。
余裕があるのか。
忙しくてピリピリしているのか。
そういうことが、なんとなく空気で分かります。
でも、病棟ではその情報がありません。
一緒に手術に入っていたころと比べると、関係性も薄い。だから、私は余計に遠慮してしまっていたのだと思います。
日曜日など、担当医が院内にいないときもあります。
そういうときは、個人の携帯電話にかけることになります。
これが、憂鬱でした。
休みの日に、個人の携帯を鳴らすことへの申し訳なさ。
そして、「この内容で電話していいのだろうか」という迷い。
この二つが、いつも同時にありました。
一度かけたのに、聞き忘れがあって、また掛け直すこともありました。
自分のミスです。でも、掛け直すときの気まずさは、なかなかのものでした。
🍡 内科の医師と関わるのも、初めてでした
私が10年間、一緒に働いてきたのは外科の医師でした。
そして、私が働いていた職場には、体育会系の空気もありました。
言葉が少なくても、手術の進み具合を見れば、何を求められているのか分かる。そういう環境に、私は慣れていました。
ところが病棟では、内科の医師と関わることになります。
雰囲気も、やりとりの仕方も違いました。
同じ「医師」でも、これまでとは違う。その違いに、私はうまく合わせることができませんでした。
今振り返ると、こうも思います。
自分に自信がなかったから、余計に医師の反応を気にしていたのではないか。
相手が怖かったというより、
「こんなことを聞いていいのかな」
「こんなことも分からないと思われないかな」
そんな自分の不安が、電話を遠いものにしていたのだと思います。
🍡 患者さんを、一人で動かせませんでした
もう一つ、はっきりつまずいたことがあります。
体位変換やおむつ交換、清拭といった、いわゆる清潔ケアです。
手術室では、こうしたケアはほとんどしません。私にとっては、学生の実習以来でした。
自信がなかったので、なるべく他の職員と二人で回るようにしていました。
でも、人手が足りない時間帯には、どうしても一人になります。
ある日、協力動作が難しい患者さんのケアに、一人で入ることになりました。
ケアそのものは、なんとか終わりました。問題は、そのあとでした。
体位を戻そうとしたとき、右にも左にも、動かせなくなりました。
自分の力ではどうにもならない。
そのまま患者さんと二人で、ベッドからずり落ちそうになりました。
なんとか声を出して、周りに助けを求めました。すぐに来てくれた職員と二人がかりで、体位を戻すことができました。
そのとき、私より小柄な職員が、スッと、当たり前のように患者さんの体を整えていきました。
その様子を見ながら、自分の不甲斐なさを感じていました。
力が足りないのではありません。
体の使い方も、支え方も、知識としては知っていました。
けれど、「分かっていること」と「実際にできること」は、同じではなかったのです。
頭では分かっていても、体がその通りに動きません。
無理な姿勢のまま支えようとして、腰も痛めました。
「看護師なのに、こんなこともできないのか」
そのときは、そう思っていました。
でも今なら分かります。
能力がなかったのではありません。ただ、経験値がなかっただけです。
体を使うケアは、繰り返して覚えていくものです。私には、その回数がありませんでした。
🍡 日曜の午後に、急変がありました
のどかな日曜の午後でした。
みんなでおむつ交換に回っていたときです。
看護助手さんが、患者さんに声をかけました。
反応がありません。
もう一度、呼びかけます。それでも返事がない。
「息してない!」
そこから先は、あっという間でした。
救急カートを持ってきて、胸骨圧迫を開始します。
でも、日曜日です。主治医は院内にいません。
院内のコードブルーで応援を呼び、他科の医師に対応してもらうことになりました。
もちろん、看護師の誰かに相談することはできます。一人きりではありません。
そして私たちも、指示を待っているわけではありません。 気づいた人から動き出します。
ただ、医師の指示がなければ進められないことも確実にあります。
手術室なら、同じ部屋にいる医師にその場で確認できました。一言で済みます。
でも病棟では、その医師が院内にすらいないことがあります。
対応を続けながら、連絡を取り、状況を伝え、指示をもらう。
その手続きに、どうしても時間がかかります。
私が怖かったのは、その「時間」でした。
🍡 手術室は「すでに整っている」場所でした
あの日から、手術室と病棟の違いについて、何度も考えるようになりました。
そして、私が感じていた違いは、単純な「仕事の難しさ」ではなかったのだと思います。
仕事を始めるときの前提が、違っていたのです。
手術室では、手術を行うために必要なものが、あらかじめ整えられています。
- 点滴ルートが確保されている
- 全身麻酔なら、気道が確保されている
- 心電図などのモニターが装着されている
- 必要な薬剤や器材が、すぐ使えるように準備されている
患者さんは「手術を受ける」という目的のために、必要な環境が整えられた状態で入室してきます。
異常があれば、モニターの変化から気づくことができます。
必要な薬剤を投与する経路もあります。
呼吸管理もされています。
そして、何かあれば、すぐそばに医師がいます。
もちろん、それが手術室という場所です。手術を安全に行うために、そういう環境が作られている。当たり前のことでした。
でも私は、その「当たり前」に支えられていたことに、病棟へ行って初めて気づきました。
病棟では、患者さんの状態は一人ひとり違います。
モニターがついていない人もいる。
点滴が入っていない人もいる。
まず、いつもと違うことに気づくところから始まります。
そして、
「何が起きているのか」
「何を優先するのか」
「誰に連絡するのか」
「どんな対応が必要なのか」
を、その場で組み立てていく。
気づきながら、対応しながら、必要な人に連絡する。
それまでの私には、その経験が足りませんでした。
🍡 戸惑っていたのは、私だけではなかったはずです
いま振り返ると、思うことがあります。
手術室にも、病棟から異動してくる方がいました。
そして、その方たちも戸惑っていました。器械の名前も、部屋の中のルールも、患者さんとの関わり方も、それまでとはまったく違うからです。
私は、手術室看護を好きになってもらいたいと思っていました。だから、戸惑う気持ちも含めて受け止めようとしていたつもりです。
でも、自分が逆の立場になったとき、同じようには扱ってもらえませんでした。
病棟には、自分たちのやり方がスタンダードだという空気がありました。
だから、うまく合わせられない私に、いらだつ人もいました。
正直に言えば、理不尽だと感じました。
場所が変われば、誰だって戸惑います。それは私も、手術室に異動してきた方も同じはずです。
でも、多数派の戸惑いは受け入れられて、少数派の戸惑いは責められる。
マイノリティは不利だな、と思いました。
🍡 怖かったのは、能力の差ではなく「判断までの距離」でした
病棟にいたころ、私は自分を責めていました。
医師に電話をかけるのをためらう自分。
患者さんを一人で動かせない自分。
急変したときに、すぐに動けない自分。
「私は看護師として価値がない」
そこまで思い込んで、必要以上に落ち込んでいました。
でも、今振り返ると、少し違います。
私に足りなかったのは、看護師としての能力そのものではなく、その環境で経験を積む時間でした。
手術室で10年かけて身につけたのは、「必要なものが整えられた環境の中で、正確に動く力」でした。
一方、病棟で必要だったのは、「変化に気づき、優先順位をつけ、必要な人とつながりながら、対応を組み立てていく力」でした。
どちらも看護です。ただ、使う力が違う。どちらが上でもありません。
私は、手術室で身につけた力を、そのまま病棟に持っていけば働けると思っていました。
でも、そうではなかった。それだけのことだったのだと思います。
もし今、手術室から病棟へ出ることを考えていて、「自分にできるだろうか」と不安に思っている方がいたら。
経験していないことが、最初からできないのは当たり前です。
手術室で10年働いていたとしても、病棟の仕事を10年経験したことにはなりません。逆も同じです。病棟で長く働いている人が、手術室に入ったその日から器械出しをできるわけではありません。
私は8か月で辞めました。だから、病棟看護を最後まで身につけることはできませんでした。
それでも、あの8か月で分かったことがあります。
自分が何を「当たり前」だと思っていたのか。
医師がそばにいることも、モニターがついていることも、私にとっては当たり前でした。
外に出てみて初めて、それが当たり前ではなかったと知りました。
痛みを伴う気づき方でしたが、知ってよかったと思っています。
※この記事は、私自身の経験をもとに書いています。10年以上前の経験も含まれているため、現在の医療現場や各施設の業務内容・体制などとは異なる場合があります。患者さんが特定されないよう、状況の詳細は一部省いています。
※手術室での10年が何だったのかについては、前の記事「手術室看護師が病棟に出て8か月で辞めた話|『オペ室から出なきゃ』と焦っていた私」に書いています。

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