「辞めたいけれど、まだ辞められない」
看護師をしていると、この言葉を何度も聞きます。
私自身、同僚から何度も相談を受けてきました。そして私も、同じことを思っていた時期があります。
つらい。しんどい。でも、辞められない。
なぜでしょうか。
答えは、たいてい同じです。
「今、私が辞めたら、みんなに迷惑がかかるから」
🍡 夫に「それっておかしくない?」と言われた日
ある日、看護師ではない夫に、この話をしたことがあります。
返ってきた言葉に、私は固まりました。
「それっておかしくない? だって、普通、仕事って辞めたいから辞めるんでしょ。辞めたいなら辞めればいいじゃん。看護師っておかしくない? 周りが困るって、それは組織が考えることでしょ」
それは組織が考えること。
言われてみれば、そのとおりです。
職員が一人辞めたら業務が回らなくなる。それは、その職員の責任ではありません。人員配置を考えるのは、組織の側の仕事です。
理屈としては、まったく正しい。
でも私は、その場ですぐには受け入れられませんでした。
🍡 正しいと分かっても、抜け出せませんでした
病院という場所から切り離して考えれば、分かるのです。
当然のことだと、頭では理解できます。
でも、病院という枠の中にいて、看護師というフィルターを通して見ると、どうしても抜け出せませんでした。
行き止まりのような、閉塞感。
そうとしか選べない状況と、心境。
まるで自明の理のように、「辞められない」という考えに囚われていました。
いま思えば、視野が狭くなっていたのだと思います。思考が偏っていた。
そして、本来なら負う必要のない責任に、がんじがらめになっていました。
私が辞めると、残るメンバーにしわ寄せがいく。
そのしわ寄せが、患者さんにも及んでしまう。
つまり、私のせいで、みんなが困る。
看護師ではない人の話を聞くと、こんなふうに言います。
上司が嫌だ。会社のやり方にも納得できない。だから辞める。
看護師は、こうなります。
同僚に迷惑がかかる。今、自分が辞めたら回らない。自分のせいで、みんなが……。
辞めたい。でも、人がいないから辞められない。
そこで、行動が止まってしまいます。
🍡 引き止めは、たいていあります
看護師が辞めるとき、上司からの引き止めは、少なくないと思います。
私が相談を受けてきた中でも、多かったのがこれです。
「辞めたいけれど、あと半年はいてほしいと言われている」
期限を区切って引き止められる。
そして、こう言われます。
「あなたがいなくなると困る」
「現場が回らなくなる」
これを突っぱねるには、かなり強い気持ちが必要です。だから多くの人が、そこで留まります。
引き止める側にも事情はあります。人が足りない現場を預かる立場なら、そう言いたくなるのも分かります。
ただ、ひとつだけ考えてほしいことがあります。
その半年を、誰が保証してくれるのでしょうか。
半年後に状況が良くなっている保証は、どこにもありません。人が入ってこなければ、また同じことを言われるかもしれません。
そしてその半年は、あなたの人生の半年です。
戻ってきません。
引き止められた時間は、職場にとっては「乗り切った半年」かもしれません。でもあなたにとっては、二度と使えない、貴重な時間です。
そう考えたとき、次に取る行動は変わってくるのではないでしょうか。
🍡 新人のころ、先輩に教わったこと
ここで、ひとつ思い出す話があります。
新人のころのことです。
ベテランの先輩が、夏休みで長期のお休みに入る前に、細かい申し送りのメモを作っていました。
それを見て、私は素直にこう思いました。
「この人がいないとできない仕事があるんだ。すごいな」
かっこいいな、と思ったのです。
そのとき、別の先輩がそっと教えてくれました。
「組織の中でこの人がいないとできない仕事は、かっこいい響きだけど違うよ。誰かが欠けても回るようにしていくのが組織。そのためにマニュアルがあって、みんながわかるように情報共有しているんだよ」
私が「かっこいい」と思ったものは、共有をサボっていただけでした。
仕事を一人で抱え込むことは、もしものときや緊急のときに、かえって周りに迷惑をかけてしまう。
そういう考え方だったのです。
この言葉は、その後の私の働き方を大きく変えました。
新しい職場に入るたび、マニュアルを見直したり、作り直したりするようになりました。今日はじめて来た人が読んで動けるか、を基準にして。
何かを教わるときも、「次に、私は誰かにこれを教えられるだろうか」と考えながら聞くようになりました。
それが習慣になりました。
🍡 「あなたがいないと回らない」は、褒め言葉ではありません
先輩の言葉に照らすと、はっきりすることがあります。
「あなたがいないと現場が回らない」
これは、引き止めのときによく使われる言葉です。言われた側は、必要とされていると感じます。
もちろん、本当にその人の働きを評価していて、そう伝えることもあると思います。
でも、それを理由に辞めることをためらわせるのであれば、話は別です。
一人が抜けただけで回らなくなる状態を、組織が放置している。
それを個人の責任として背負わせてしまうことに、問題があるのだと思います。
そして、この状態を放っておくと、こうなります。
人手が足りない。だから辞めづらい。辞められないから、限界まで我慢する。我慢できなくなった人から辞めていく。すると、もっと人が減る。
早く辞めた人ほど、まだ辞めやすかった。
最後まで残った人ほど、辞めづらくなっていく。
椅子取りゲームのようです。
最後に残った人が、いちばん身動きが取れなくなってしまう。
けれど、そこに残ってしまう人は、決して弱い人ではありません。
誰かのために働くことを大切にしている人ほど、「自分が抜けたら困る人がいる」という想像が、真っ先に働いてしまうのだと思います。
看護師という仕事には、そういう責任感や、人を思う気持ちを持った人が多いのかもしれません。
だからこそ、思うのです。
辞められないのは、あなたが弱いからではありません。
人を思う気持ちが、強いからです。
ただ、その気持ちが、あなた自身を縛る理由にはならないはずです。
🍡 納得して、選べていますか
私は「辞めた方がいい」とは言いません。
残るという選択も、まったく正しいと思います。大事なのは、そこではありません。
確かめてほしいのは、これです。
いま、あなたは納得して選んでいますか。
「辞めたいけれど、迷惑がかかるから」で止まっているなら、それは選んだのではなく、選べなくなっているのかもしれません。
看護師は、日々の業務に追われます。目の前のことをこなすだけで一日が終わります。
そのなかで、自分の納得感や、本当の気持ちと向き合うことは、どうしても後回しになります。
誰かのために働くことを大切にしているからこそ、なおさらです。
だから、モヤモヤしたまま働き続けている人が、たくさんいるのだと思います。
あなたのキャリアをどうするかを決めるのは、あなたです。
残るのか。
辞めるのか。
もう少し考えるのか。
すぐに答えを出す必要もありません。
ただ、納得して選べる状態には戻ってほしい。
そのために必要なのは、たぶん、「辞められない」という思い込みから、いったん自由になることです。
私も、外の人にひと言かけられるまで、気づけませんでした。
だから、この記事がその「ひと言」になったらいいなと思って書いています。
※この記事は、私自身の経験と、これまで受けてきた相談をもとに書いています。特定の職場や個人の話ではありません。
※手術室から病棟に移ったときのことは、こちらに書いています。
きび団子職人

