「手術室に10年もいたんですか。すごいですね」
最近、そう言っていただくことが増えました。
キャリアコンサルタントとして自己紹介をすると、「ひとつのことを10年続けてきた人」と受け取ってもらえるようです。
正直に言うと、意外でした。
私自身は、ずっとこう思っていたからです。
「偏った経歴だな」
※この記事の手術室の話は、10年以上前の、私が働いていた職場での話です。
🍡 「すごい」と言われるほどではない、と思っていました
手術室に10年いても、手術看護認定看護師の資格を持っているわけではありません。
挑戦したい気持ちはありました。でも、実現しませんでした。
病棟の経験は、ほとんどない。
資格として、形に残るものもない。
10年という数字は、私にとってうっすらとしたコンプレックスでした。
それに、手術室は自分で選んだ場所でもなかったのです。
🍡 丸がついていたのは、第3希望の「空欄」でした
新卒で入職したとき、研修期間中に配属希望を出す機会がありました。
第1希望から第3希望まで書く形式です。
私はこう出しました。
- 第1希望:婦人科
- 第2希望:泌尿器科
- 第3希望:空欄(どこでもよい)
婦人科と泌尿器科を選んだのには、理由があります。
婦人科や泌尿器科では、セクシャリティに関わる、とてもデリケートな悩みを抱えた患者さんと向き合うことがあります。
その人ひとりひとりに合わせて、細やかに配慮できる看護師になりたい。
それが、当時の私の「したい看護」でした。
研修の最終日、配属先が紙で張り出されました。
自分の名前を探すと、丸がついていたのは第3希望の欄。
手術室でした。
「第1も第2も外科系だから、手術室になったのかもね」
周りからは、そんなふうに言われました。

🍡 想定外なのに、少しワクワクしていました
まったくの想定外でした。
新卒で、経験もゼロ。いきなり手術室に配属されるとは思っていなかったので、まず驚きました。
でも、がっかりはしませんでした。
実は、少しうれしかったのです。
学生時代の実習で過ごした病棟の空気に、私はなかなかなじめませんでした。
だから、「病棟ではない場所で働ける」というだけで、どこかほっとしていました。
したい看護とは、違う場所。
でも、なぜかワクワクする場所。
そのワクワクが、はっきりした憧れに変わったのは、ある言葉がきっかけでした。
全身麻酔の手術では、患者さんと話せるのは、手術室に入ってから麻酔で眠るまでの短い時間だけです。
手術室で働き始めたころ、こんなふうに教えてもらいました。
「廊下を一緒に歩くときの、ちょっとした会話が肝なんだよ。ここでどれだけ患者さんの不安や緊張を和らげられるか。それが手術室看護師の腕の見せ所だよ」
同期だったか、先輩だったか。誰の言葉だったかは、もう覚えていません。
でも、この言葉で前向きになれたことは、よく覚えています。
手術は、患者さんにとって、人生でそう何度もない大きな出来事だと思います。
緊張している方が、少しでもほっとできるように。
その大事な瞬間を支え、そばに立ち会わせていただく。
時間は短くても、その価値は大きい。
そう感じて、そんな関わり方を、かっこいいと思いました。
細やかに配慮できる看護師になりたい。その思いとも、どこかでつながっている気がしたのです。
私の手術室看護は、そんなふうに始まりました。
🍡 病棟に出るつもりで、転職したはずでした
新卒の病院で4年働いたあと、結婚を機に退職し、上京しました。
まだまだ現役で、長く働くつもりでした。
次の職場に選んだのは、大学病院です。当時一緒に働いていた医師たちが、勧めてくれた病院でした。
そしてこのとき、私は病棟を希望しました。
これを機に、手術室の外に出てみたかったのです。
でも、返ってきたのはこういうお願いでした。
「手術室の経験者なら、ぜひ手術室に来てほしい」
迷いました。
ただ、その病院では心臓の手術に携わる機会があります。心臓の手術をもっと深めてみたいという気持ちも、私の中にありました。
少し渋々ではありましたが、引き受けることにしました。
こうして私は、また手術室で働くことになりました。
🍡 異動を待つより、外に出ることを選びました
働き続けるうちに、少しずつ気持ちが変わっていきました。
結婚して、この先の暮らしを考えたとき、ここで働き続ける自分の姿が、うまく思い描けなかったのです。
この職場で、私が病棟に出られる日は来るのだろうか。
そう考えたとき、ここで異動を待つより、外に出た方が早いと思いました。
「一度は手術室を出ておかないと」という焦りも、重なっていました。
そして私は、転職して病棟へ移りました。
結果は、8か月での退職でした。
そのときのことは、こちらに書いています。
🍡 おむつ交換をしながら、手術室を思い出していました
病棟では、苦手なことがたくさんありました。
特に苦労したのが、おむつ交換と記録です。
どちらも、看護の大切な仕事です。でも私は、なかなか上達のコツがつかめませんでした。
そんな日々の中で、ふと思ったのです。
「これなら、朝から晩まで心臓の手術に入っている方が、よっぽど楽しい」
手術室にいたころ、心臓の手術の日は、医師たちも張りつめていました。
だから私も、予習や勉強をかなり重ねてから臨んでいました。
大変でした。でも、その大変さは嫌ではありませんでした。
病棟で求められる頑張り方は、手術室とは向きがまったく違っていたのだと思います。
同じように努力しているつもりでも、手応えがつかめない。
そこで初めて、私は考えました。
手術室看護は、得意とまでは言えない。でも、嫌いではなかったのかもしれない。
もしかしたら、人より少しだけ、向いていたのかもしれない。
🍡 5年ぶりの手術室で、水を得た魚でした
「やっぱり好きだ」とはっきり思えたのは、そのあとのことです。
病棟を辞めたあと、私は不妊治療をしながら、パートや派遣で働いていました。
そのころ、新卒の病院でお世話になった医師から声をかけてもらいました。
小さな病院の手術室で、パートとして働くことになったのです。手術のある日だけの勤務で、2年ほど続けました。
手術室を離れて、5年ほどが経っていました。
ブランクがあるうえに、初めての職場です。正直、不安でした。
ところが、いざ手術室に入ると、体が覚えていました。
次に何が必要か分かる。迷わずに動ける。一緒に働く看護師さんたちにも、頼りにしてもらえました。
小さな病院でしたが、毎回の手術が楽しかった。
水を得た魚。
そんな感覚でした。
「ああ、私はやっぱり、手術室看護が好きなんだ」
5年離れて、ようやく、はっきりそう思えました。
いつかまた、手術に入る日があったら。そう想像すると、今でも少しワクワクします。
🍡 偏った経歴では、なかったのかもしれません
「手術室10年、すごいですね」
いまは、この言葉を少し違うふうに受け取れるようになりました。
私はずっと、10年を「偏り」だと思っていました。
自分で選んだわけでもない。資格もない。病棟の経験も足りない。
でも、振り返ってみると、こうも言えます。
第1希望ではなかった場所が、私に「好き」を教えてくれた。
ただし、それが分かったのは、外に出てみたからです。
手術室にいた間は、好きかどうかを考える余裕も、比べるものもありませんでした。
病棟でつまずいて、ブランクを経て戻ってみて、やっと分かったことでした。
🍡 配属に、まだ納得できていないあなたへ
もし今、希望とは違う部署に配属されて、モヤモヤしている人がいたら。
私は「そこでがんばって」とも、「早く出た方がいい」とも言いません。
ただ、私の場合はこうでした。
- 選んでいない場所が、好きな場所になることがあった
- でも、それに気づけたのは、一度外に出てからだった
- 外に出てうまくいかなかったことも、無駄ではなかった
私が働いてきた病院では、配属は自分で決められるものではありませんでした。
でも、その場所でどう過ごすか、いつ・どこへ動くかは、あなたが決めていいことです。
今いる場所が、合っているのか。合っていないのか。
すぐに答えが出なくても、大丈夫です。
※この記事は、私自身の経験をもとに書いています。特定の職場や個人の話ではありません。
※手術室を出て病棟で感じた「判断の怖さ」については、こちらに書いています。
※気持ちの部分や、看護以外の場面での迷いについては、noteに書いています。
きび団子職人

